2017年4月27日 (木)

18歳トランスジェンダー男子のメッセージ

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↑仙台の大学生・あゆみくん18歳。


先日、司会を務めさせて頂いた
「セクシュアリティ夜間学校」
〜共に暮らす性的マイノリティ〜
スピーカーとして登壇したあゆみくん(18歳)の
メッセージをまとめましたので
ご関心がおありの方はご覧ください。
10代のセクシュアル・マイノリティの貴重な体験と
本音を語ってくれました。
小学校〜大学の教職員の方、
中高生の当事者が身近にいる方は、参考になることが多いと思います。


(出来るだけ彼の言葉のままお伝えしたかったので
長文になりました。ご容赦くださいね)

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「ティーンエイジャーに伝えたいこと」

 

僕は現在、大学1年生です。
中学校では転校と不登校、高校では中退したりと
いろいろなことを経験しました。




<トイレのこと>
小学生の時は母が貰ってきた男の子のお下がり服を好んで着ていて、
髪も短かった僕は、見た目は男の子。
そんな僕は、公衆の女子トイレに入ると
小学3〜4年生の頃から毎回のように
知らないおばちゃんから
「ここ女子トイレだよ?」と言われていました。
その度に僕は
「あ、大丈夫です」と言って女子トイレに入っていました。
(今思えば何が大丈夫なんだよ?って感じですが 笑)





その頃は、女子トイレに入るたびに
怪訝そうな顔をされたり、驚かれたり、注意されたり・・・。
そんな反応をされるのがすごく嫌で、
小学校高学年になる頃には
女子トイレに入ることを躊躇するようになりました。





そんな体験から、
僕にとって、トイレに入ることは
「変な目で見られないだろうか?」
「騒がれたりしないだろうか?」という不安や、
覗きをしているような罪悪感、
居心地の悪さを感じるものになっていきました。




今は一人で外出した時や
僕の事情を知っている友人といる時は、男子トイレに入りますが、
男子トイレに入ることにも
「女だとばれたらどうしよう?」という不安があります。
でも罪悪感や居心地の悪さを感じることがない分、
女子トイレに入るより、気持ちがずっと楽です。



しかし、親や親戚などと外出した時は
男子トイレに入れません。
そういう時は「多目的トイレ」を使うのですが、
身体は健康な僕が使うのも気が引けますし、
「どうして女子トイレを使わないの?」と
思われているだろうな・・・と感じます。
だから僕は、親や親戚との外出中はできるだけトイレに行きません。



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<中学校のこと>
中学校では、小学校から引き続いて吹奏楽部に入部しました。
しかしその吹奏楽部では、大会の時に
「女子はスカートを着用し、髪はポニーテールにする」という
規則がありました。
髪が短かった僕は、顧問の先生から
「結ばないなら大会に出さない!」と叱られました。
大会の日、着たくもないスカートを履き、
先輩に頼み込んで
短い髪の毛を無理やり結んでもらって
大勢の人が見る舞台に立たなければならなかったことは
すごく辛かったです。




その一件のせいか、
その後も顧問の先生から些細なことでも怒られるようになり、
何とか気力を出して頑張って部活に出ていましたが
ある日突然、糸がプツッと切れるように
部活にも、中学校にも行けなくなってしまいました。





当時は自分が不登校になったという事実が
なんだか自分でも許せなくて
自分がどうしようもなくダメなヤツになったような気がしていました。
「自分のそんな部分を人に知られたくない」
そんな気持ちから、
中学2年生に進級するタイミングで
学区の違う中学校に転校させてもらいました。





しかしそこの学校の制服はセーラー服で・・・(笑)
結局、転校先の中学校も半年くらいで不登校になり、
しばらくフリースクールに通うことにしました。





そのフリースクールは・・・居心地が良かった!
私服で登校できるし、先生は優しく、
僕の話を笑って聞いてくれて安心して通うことができました。
特に嬉しかったのは、着ていた私服を
「かっこいい服だね」と褒めてくれたことです。
それまでは「男の子みたいな服、着てるね」と言われることはあっても
自分が着ている服を褒められたことはありませんでした。
フリースクールで、先生といろいろな話をして過ごすうちに
僕の荒んでいた心は少しずつ回復し
「もう一度、中学校に行ってみようかな」と思うようになりました。





そして中学3年生から学校に戻った僕は
別室登校(保健室)と
ジャージで通学することを許可してもらい、
何とか中学校を卒業することができました。



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<高校のこと>

高校は、僕はあえて女子高を選択しました。
共学の高校だと、ガタイが良くて、声も低くなった男子を見て
「羨ましい!」と、妬んでしまうと思ったからです(笑)
それにFTM当事者(体の性は女性→性自認は男性の当事者)は
なぜか女子高出身者が多いということも理由の一つです。
他にも「女子高だとモテるかも?」という
ほのかな期待もありました(笑)




しかし入学してみると、その高校では
水泳の授業が5月から9月まであることを知りました。
どうにかしてプールに入ることを免除してもらえないかと
スクールカウンセラーの先生に相談しました。
「自分の身体に嫌悪感があって、
女性用の水着を着て授業を受けるのはしんどい」と話すと
「とりあえず、体が隠れる面積が多い水着を着て
授業に出てしばらく様子をみてはどうか」ということになりました。
授業のたびに憂鬱な気持ちが強くなっていきましたが
何回もカウンセラーの先生に相談するのは気が引けて、
1年生の時は、5ヶ月間我慢して水泳の授業を受けました。





2年生になると「やっぱりしんどいから入りたくない」と
スクールカウンセラーの先生に再度相談し、
その先生から
体育の先生にも事情を説明してもらって

水泳授業は見学し、毎回レポートを提出することを許可してもらいました。





高校では、制服のスカートも苦痛でした。

特に毎日1時間の登下校の時間が苦痛で・・。
満員のバスの中で大勢の人に囲まれていると
実際は何とも思われていないはずなのに
「もしかしたら(スカートを履いている自分が)変だと
思われているんじゃないか」と疑心暗鬼になってしまい、
毎日の登下校中は常に緊張状態で、すごく疲れました。




そのうちに制服が原因で
学校に行けなくなり、
「登下校の間だけズボンを履きたい」という希望を
スクールカウンセラーの先生から
学年主任の先生に伝えて、僕の事情を説明してもらい、
更に、僕自身から学年主任の先生に話す時間を作ってもらいました。
結果、僕の要望は受け入れられて
ズボンで登下校できるようになりました。
その後、別の問題が起こり、高2の冬に高校を中退しましたが、
ズボンで登下校できた期間は
僕にとって良い時間だったような気がします。



<十代の当事者に伝えたいこと>
僕が十代のみんなに伝えたいことは
「自分のことは自分にしか決められない」ということです。
振り返ってみると、僕は今まで
いろいろなことを自分で決めてきました。
中学時代は転校することを決め、
高校は女子校に行くことを決め、
入学後はスクールカウンセラーの先生や学年主任に
自分の事情を説明し、
自分が楽に学校へ行けるように
プールや制服などを融通してもらうことを決めました。





時として、その決断が
「僕にとって良かったのか?」
「間違いだったんじゃないか?」と思うこともありましたが
自分で決断したことによって、
後悔したことは少なかった気がします。




中高生の僕は、遠回りしたこともあったけれど
遠回りした先で出会えたフリースクールの先生、
対応してくれたスクールカウンセラーの先生、
僕が学校に行けるように真剣に考えてくれた
担任や学年主任の先生との出会いは
僕が自分で選んだことで巡り会えた、貴重な存在でした。
後悔したことも、時間が過ぎれば何となく薄れて
悪いことばかりじゃなかった・・と思えるようになって。
そんな積み重ねの上に、僕は生きています。




「後悔しないように生きろ」なんて僕には言えませんが
それでも「自分の生きていく先は
他でもない、自分が決めるんだ」
そんな当たり前のような覚悟が
これから生きていくために必要なのではないかと
僕は思うのです。

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穏やかで少しシャイに見えるあゆみくん。
私が初めてあゆみくんに出会ったのは
昨年夏に開催された、セクシュアルマイノリティ・イベントでした。
中高生のセクシュアルマイノリティ当事者として、
沢山の人々を前にステージから現状を語っていたあゆみくんは
当時、高校3年生の年齢。
その頃から、
中高生の当事者や理解者の交流会「HOMEY」(ホーミー)を主催するなど、
たくましく活動する姿に驚かされました。

(あゆみくんと1学年しか違わない娘2号も
このイベントを見学していましたが
「同じ年代の子が・・・すごいなあ」と刺激を受けていました)




小学校から高校までの40人・1クラスに
1〜2人のセクシュアルマイノリティ当事者がいると言われている現代。
当事者も、当事者ではない人も
「この町で共に生きる生活者」と互いに受け入れることができたら、
世の中は誰にとっても、もっと生きやすく
もっと優しい社会になると、私は思います。
理想論かもしれませんが、
そんなのびのびとした社会で私は生きていきたいし、
次世代の人々にも、そんな社会で
自分であることの誇りを持って生きていって欲しい。
そんな想いで、セクシュアルマイノリティのあれこれに
関わらせてもらっています。




私ができることは、描いて伝えること。
まだまだ世の中には
なかなか受け入れられないテーマなので、
描く場、伝える場を作り上げること自体に苦労しているのですが・・・
奮闘している十代のあゆみくん達からエネルギーをもらって
私らしく伝える場づくりを進めていきたいと思っています。





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